J.S.バッハの世界 II (協奏曲とソナタ)

カメラータ・ムジカーレ第40回演奏会 プログラム・ノート

(2000.11.3 聖公会神田キリスト教会)

 

バッハとチェンバロとコーヒー付コンサート

「しばらく中断していた、バッハ氏率いるコレギウム・ムジクムによる素晴らしい演奏会が、再開される予定。17日水曜日の午後4時から、グリムシュタイン通りのツィンマーマンの庭園にて。当地ではまだ演奏されたことのない新しいチェンバロが披露されるとのこと、音楽愛好家も専門家も大いに期待されたし」

これは1733年にライプツィヒで発行された新聞の記事の一節です。コレギウム・ムジクムはライプツィヒ大学の学生を中心とする合奏団。ツィンマーマンは有名なコーヒーハウス(当時ヨーロッパ中で流行したコーヒー専門の喫茶+娯楽施設)経営者で、彼の店や庭園で毎週開かれたこのコーヒー付コンサートは、ライプツィヒの街の呼び物となっていました。記事にある「新しいチェンバロ」を弾いたのはもちろんバッハ自身です。

チェンバロは当時の合奏音楽では通奏低音といって、右手は即興的に和音を弾くだけの伴奏的な役割でした。しかし、すでに「ブランデンブルク協奏曲第5番」で音楽史上初めてチェンバロを協奏曲の独奏楽器に起用していたバッハは、このコーヒー付コンサート・シリーズのために、1台から4台のチェンバロを独奏楽器とする十数曲の協奏曲を書いたのです。それは、当代最高のチェンバロの名手と謳われたバッハが、自分と息子たちの腕前を広く一般市民に披露するためでした。

ところで、これらのチェンバロ協奏曲のうち何曲かはオリジナルな作品ではなく、たとえばバッハ自身のヴァイオリン協奏曲からの編曲が3曲あります(BWV1054、1058、1062、別表参照)。これらの編曲に際しては、独奏楽器であるチェンバロの能力や特徴を生かすためにいろいろな工夫がなされています。しかし、チェンバロの音は合奏の中で埋もれがちなため、協奏曲としての演奏効果という点では、チェンバロ編曲版は残念ながら原曲(ヴァイオリン協奏曲)の魅力に及びません。

実は、残りのチェンバロ協奏曲のほとんども、いくつかの理由から、旋律楽器のための失われた協奏曲作品の編曲であることがほぼ確実なのですが、これらの場合もおそらく同様に、「原曲」の方がより聞き栄えがしたであろうと想像されます。そこで、編曲版の調性や音域、旋律の特徴などから失われた「原曲」の独奏楽器を推定し、全体の復元を試みる研究が、盛んに行われています。本日のプログラム中の2曲はそのようにして復元された作品です。

フルート、オーボエとヴァイオリンのための協奏曲」は、「3台のチェンバロのための協奏曲第2番」ハ長調BWV1064から復元されました。第1楽章冒頭でユニゾンによりテーマを奏する3つの独奏楽器は、第2楽章では緊密な会話を交わし、第3楽章ではそれぞれが華麗なソロを繰り広げます。

オーボエとヴァイオリンのための協奏曲」は、「2台のチェンバロのための協奏曲第1番」ハ短調BWV1060から復元され、この種の復元曲としては最も成功し、有名になったものです。2つの独奏楽器によるカノン風の第2楽章をはさんで、第1楽章と第3楽章では両者がしだいに個性の違いを際立たせていきます。

「2台のチェンバロのための協奏曲第2番」ハ長調BWV1061は、チェンバロ協奏曲の中では例外的に、全曲を通じてチェンバロの華麗な技巧が駆使され、絶大な演奏効果を上げています。一方、弦楽合奏にはきわめて小さな役割しか与えられていないので、おそらく初めは2台のチェンバロだけで演奏する曲として書かれ、弦楽パートは後から追加されたと考えられています。第3楽章は広い音域を活発に動く長大なテーマによるフーガです。

ブランデンブルク協奏曲第4番」の独奏楽器は、2本のリコーダーとヴァイオリンです。リコーダーによる華やかな彩りが印象的ですが、第1楽章と第3楽章では独奏ヴァイオリンに高度な技巧が要求されます。そして、その独奏ヴァイオリン・パートをチェンバロに移したのが、「チェンバロ協奏曲第6番」ヘ長調BWV1057です。この場合もやはり、より魅力的で人気が高いのは、本日演奏する原曲の方です。

ヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロのためのソナタ」は全部で3曲残されていて、いずれも成立年代は不詳ですが、チェンバロ協奏曲と同時期という説もあるので、あるいはコーヒーハウス・コンサートのプログラムに載ったかもしれません。ヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロの特徴が十分には活かされていないため、これら3曲もやはり編曲物ではないかと考えられています。しかし「ソナタ第2番」ニ長調は、第4楽章にそれぞれの楽器のための聴かせどころがあることから、この編成がオリジナルである可能性も否定できません。


バッハのチェンバロ協奏曲とその原曲(黄色は復元の試み)

チェンバロ協奏曲第1番ニ短調BWV1052 ヴァイオリン協奏曲
チェンバロ協奏曲第2番ホ長調BWV1053 オーボエ協奏曲
オーボエ・ダモーレ協奏曲
チェンバロ協奏曲第3番ニ長調BWV1054 ヴァイオリン協奏曲第2番ホ長調BWV1042
チェンバロ協奏曲第4番イ長調BWV1055 オーボエ・ダモーレ協奏曲
チェンバロ協奏曲第5番ヘ短調BWV1056 ヴァイオリン協奏曲
オーボエ協奏曲
チェンバロ協奏曲第6番ヘ長調BWV1057 ブランデンブルク協奏曲第4番ト長調BWV1049
チェンバロ協奏曲第7番ト短調BWV1058 ヴァイオリン協奏曲第1番イ短調BWV1041
2台のチェンバロのための協奏曲第1番ハ短調BWV1060 オーボエとヴァイオリンのための協奏曲
2台のチェンバロのための協奏曲第2番ハ長調BWV1061 チェンバロ二重奏曲
2台のチェンバロのための協奏曲第3番ハ短調BWV1062 2つのヴァイオリンのための協奏曲ニ短調BWV1043
3台のチェンバロのための協奏曲第1番ニ短調BWV1063  
3台のチェンバロのための協奏曲第2番ハ長調BWV1064 フルート、オーボエとヴァイオリンのための協奏曲
3つのヴァイオリンのための協奏曲
4台のチェンバロのための協奏曲イ短調BWV1065 ヴィヴァルディ/4つのヴァイオリンのための協奏曲Op.3-10