幻の瑠璃蝶

 幻の瑠璃蝶へ告ぐ。「覚醒せよ。そして腐りきったこの世を紅蓮の鱗粉で浄化せよ。」 

 見ての通り理想のユートピアなどできやしなかった。アダムとイヴの罪に始まったこの世界ももう終わろうとしている。便利さを求めるあまり、科学の力を過信するあまり、人間の何たるかを忘れてしまった。殺戮兵器はテロを生み、飢餓をもたらした。
 浄水器の水しか飲めない国の人々。水を買う国の人々。水を飲めない国の人々。水を飲んでも死んでしまう国の人々。みんな同時代に生きていて同じ空を見上げている。みんな同じ人間なのに。
 当たり前のことを当たり前に思えなくなっている時代だ。もう限界だ。一度全てをリセットしてみないか? 構造改革なんてもんじゃないけどリセットしてみよう。終わりを始まりにするんだ。
 泣いているから。みんな泣いているから。必死で涙をこらえているのは僕だ。それでも泣くから。涙に濡れるから。自分以外の人間のすべての悲しみ・憂いに干渉してしまう僕だから。また明日も泣くから。
 だから瑠璃蝶を育てた。幼虫の頃から大切に育てた。こんなものがなくてもなんとかなるならそうしたい。でもやっぱダメみたいだ。だってなんだかんだいってみんな泣いているもん。合理的な理由をみつけて提示した裏でいつも泣いているもん。心の奥ではいつももやもやとした何かに怯えているもん。そんなことが分かる力なんていらなかった。望んでなんていなかった。欲しいなんて言ったことなかった。・・・でももういいんだ。全て何もかもこれで終わりだ。これでいいんだ。瑠璃蝶はもう羽化してしまったんだ。恐ろしいくらい完璧な瑠璃色だ。もう止められない。これは再生への破壊プログラムだ。

 幻の瑠璃蝶へ告ぐ。「腐りきったこの世を紅蓮の鱗粉で浄化せよ。」 

 すべてが変わろうとしている。進化を止めることは神さえもできない・・・