〜モーツァルトのペット談義〜

1.モーツァルトのペットは犬

犬輔: 今日はモーツァルトのペットの話だ。モーツァルトは犬を飼っていた。犬はモーツァルト家の中心的存在だったことが、旅先から留守宅への家族の手紙でよく分かる。みんなして、しきりに愛犬の様子や健康を問い合わせているからね1
鳥代: そうなの?モーツァルトに可愛がられていた犬ってどんな犬だったのかしら。
犬輔: 1773年から1777年の間のザルツブルクでは雌のフォックステリアだったようだよ。
鳥代: なぜそんなことまで分かるの?
犬輔: ヴォルフガングと一緒にマンハイムに滞在中の母親マリーア・アンナが、ザルツブルクで留守番している夫のレーオポルトに当てた手紙にそう書いてあるんだ2。「良き忠実なフォックステリア」と、讃える文脈で出て来るんだけれど、もう相当な年齢になっていたことも前後の手紙で分かっている。1777年の年末には亡くなったようで、翌年早々には雄の犬に代替わりしている3
鳥代: 名前は何と付けたのかしら。モーツァルトだから歴史上の人物かオペラの主人公の名前をつけていたかも知れない……。当然手紙から分かるんでしょう?
犬輔: レーオポルトが旅先の家族を寂しがらせないよう気遣ったためか、二代目も一代目と同じ名前なんだ。雄雌には関係ない名前のようだよ。ヴォルフガングは主にビンベスあるいはビンベルと呼び、マリーア・アンナは主にビンペスあるいはビンペルと呼んでいるんだけれど、レーオポルトとナンネルは例外なくピンペスあるいはピンペルと呼んでいるね。ヴォルフガングという名前をヴォルフガンゲルと呼ぶようにそれぞれの後者は親称の語尾が付いた形だから前者と同じに数えれば、家族各々が自分の発音しやすい名前に変形して四者三様に呼んでいたんだ4。犬がp音やb音に「絶対音感」を持っていたらきっと悩んだだろうね(笑)。
鳥代: ところで、その名前は何に由来しているの。ピンピノーネとか、ポンペオとか、似た名前のオペラ登場人物がいたわね。
犬輔: うっ。そこまでは分からないなぁ。お手上げだね。
鳥代: それじゃ、モジリアート教授に訊いてみましょう。(大声で)教授!
教授: 大きな声で呼ばなくても聞こえていたよ。犬の名前の由来を知りたいと言うのだね。しかし、犬の名鑑は捜してもないであろうから難しい質問だ。私説を提示することで勘弁してもらうこととせざるを得んね。犬輔君が指摘した、家族メンバー間で呼び方が違うという調査結果を多数決で絞り込むまでもなく、レーオポルトの表記が最も信頼できるだろうと思われる。なぜなら、彼は大学で哲学を学んでいるから正書法を身につけていただろうし、名前の由来に関しても知識があったと思われるからだ。ナンネルがレーオポルト譲りの厳密さで同じ綴りに従っているのは彼女の良い子ぶりを如実に示している例の一つに数えられるということをついでに指摘しておこう。さて、ピンペスの由来だが、綴りはPimpesである。この単語は果たして何語なのか?
犬輔: えっ、ドイツ語ではないんですか?
教授: ドイツ語ではなさそうだ。一番近いのが英語だな。フォックステリアの原産国が英国なのは知っているね。モーツァルト一家が1763-66年に西方大旅行をしたとき英国で見初(みそ)めた犬種だとすれば、名前が英語に由来するとしても不思議ではない。しかも英語にはpimpという「ポン引き」とか「ひも」を意味する単語がある。
鳥代: でも教授、英語だったらpimpの複数形はpimpsですよ。
教授: そうだ。私もそこに引っかかっていた。しかし、pimpの古語形がpimpeだったらしいことが、コヴェントガーデンで1641年に上演された出し物のパンフレット"The Pimpe's Prerogative"(《ポン引きの特権》)5や、同じ頃に書かれた作者不明の散文《フライヤー・ベーコンの著名な経歴》6にある複数形のpimpesから分かるのだ。だが、そうだとしても犬の名前に複数形を採用したというのは何かしっくりこない。
鳥代: それに英語ならばPimpesの正しい発音はきっとピンピーズですね。あるいはピンプスかもしれない。日本語書簡全集のカタカナ表記でうっかりピンペスと言い慣らしてきたけれど、私たちにも濁音か清音かの問題があり、モーツァルト家のp音とb音との混乱を笑えなくなってきましたね7。モーツァルト家は英語であってもドイツ語読みの清音で発音したでしょうけれど。
教授: そう、これが一番の問題だ。特に日本語では翻訳に関わるからね。
鳥代: それで、結局どう解決したのですか。
教授: 今では、私は次のように考えている。なんでも、古くから英国人とスペイン人とが接触してきた大西洋のカナリヤ諸島では英語とスペイン語とを混合した言語が話されていたそうだ。19世紀時点の言語に関しての報告ではあるが、波止場における観光客目当ての自称ガイド・通訳を英語のpimpにスペイン語の複数形を示す語尾esを付けてpimpesと呼んでいたというのだ8。恐らく単数複数同形で、発音は「ピンペス」ではないか。但し、既に18世紀からカナリヤ諸島でそう言われていたのかどうか、モーツァルト一家がカナリヤ諸島訪問者と接触したのかどうか、いずれも不明ではある。この説を採るに際しては、旅行先で尻尾を振って寄ってくるかの如きピンペス達がのちに愛犬の名前を付ける家族皆の記憶に浮かんだという仮定を追加しておこう。
犬輔: あれ、僕たちの専門の工学用語辞典にpimpes centrifugesというのが載っている。羽根車ポンプのことって書いてあるぞ!
鳥代: それは関係ないでしょう(苦笑)!

2.ペットの犬と音楽

教授: ところで、諸君らは愛犬自身のことばかりに捉らわれて、音楽との関係について何も触れていないが、これからその話題を展開してはどうかね。
犬輔: 分かりました。ありがとうございました。
鳥代: 愛犬と音楽って関係があるの?私、そんな曲思いつかないわ。
犬輔: 確かに直接関係あるものはほとんどないね。その希少価値があるものといえば、カノンの主題断片とおぼしき「ピンベルから、そしてシュタンツェルから」という変ロ長調の曲だね図1, 9。ヴォルフガングがザルツブルク宛に書く手紙の結びの挨拶文に由来する曲で、1782年、シュタンツェルことコンスタンツェとの新婚早々にヴィーンで飼い始めた三度(みたび)同じ名前の犬が、やはりモーツァルト家の一員だったことがわかる貴重な記録だよ。
鳥代: 新婚所帯にまで故郷ザルツブルクで飼っていた愛犬の名前を持ち込むなんて、モーツァルトってファザコン丸出しなのね。私だったら名前を変えさせるわ。
犬輔: 随分辛口の意見だね。コンスタンツェにとってはザルツブルクの犬の名前など知る由も無かったから、幸せな新婚生活だったと思うよ。
鳥代: そうね。言い過ぎだったわ。モーツァルトにとって愛犬は家庭での日常生活を楽しく過ごすパートナーだったのね。
犬輔: 1787年にも愛犬がいて、これには全く新しいガウケルという名前がついている10…(独白)やっと親離れができたのかな…。親称語尾を取るとガウクという名前で、以前、教授にレコードを聴かせてもらったチャイコフスキー指揮者として有名だったという、あのアレクサンデル・ガウクを思い出させるね。ガウケルにはシャマヌツキーというあだ名までつけられていて、アマチュアのモーツァルト研究家N氏が言うように、このような名前遊びが《音楽の遊び》ハ長調 K.516f を作曲するきっかけになったのかも知れないというのが頷けるね11。愛犬との日常の営みの雰囲気はこのような家庭音楽といわれるジャンルに反映されていると言っていいだろうね。
鳥代: そのような家庭音楽にはほかに何があるの。

3.モーツァルトの家庭音楽

犬輔: さらには方言を使った家庭音楽だね。ヴィーンに住んで方言にとけ込んだモーツァルトが作った「いとしのマンデル、リボンはどこなの」K.441がその代表作だ。モーツァルト夫妻と親友のゴットフリート・フォン・ジャカンとのあいだの日常的な戯れから生み出されたとされるこの三重唱は、かつては1783年作と言われていたけれど、いくらモーツァルトでもヴィーン転居後2年では方言にとけ込むには早すぎると思っていたら、その通りで、今は用紙研究により1786年作説の方が有力だよ。
鳥代: このような家庭音楽って正座して鑑賞するには向いていないでしょう。楽しみ方に何かいい案ないかしら。
教授: 方言のことなら任せなさい。日本にもたくさんの方言がありますよ。要するにモーツァルトはご当地ソングを書いた訳だ。だから、それをご当地の方言に翻訳して歌って楽しめばよいってことだ。私の育った神戸で方言を使って歌った例を紹介しよう。但し、神戸人以外には異様に聞こえるだろうから、すぐに口直しに自分用のご当地翻訳作業を課せられることを覚悟しなければならない。

「リボンがあらへん」K.441
C:コンスタンツェ
M:モーツァルト
J:ジャカン
C: リボンがあらへん。
M: 部屋にあるやろ。
C: ほんまに?
M: そうや。さっき見たんやで。
J: 何を捜しとん、ケーキかコーヒー?
M: あるやろ。
C: ないねん。
M: [作曲中のインクをこぼして] あらららら。
J: それなんやねん。捜しているもん、訊いてもいいやろ?
C&M: あかん。
J: [落ちているリボンを拾って独り言]なんや。このきれいなもん。リボンとちゃうか。
C&M: 行ってよ(行けよ)。
J: いやや。わし、あんたらとは生まれが一緒や。ハハハハハハ。
M: 生まれが、
C: 一緒と?
M: 神戸で、
C: 生まれた?
C&M: ほな、安心やわ(安心やな)。残らず話そ。
J: そや、そや。ほな聞いとくわ。何を捜しとん?
C&M: 実は、リボンを失のうてしもた。
J: リボン?ふん、これとはちゃうか?
C&M: これは、おどろき。どうもありがとう。
J: ほなら、帰るで。リボンは渡そ。
全員: 優しい友情、このきれいなリボン、リボン。
C&M: 優しい心、持ってるしるしのリボン。
全員: このきれいなリボン、リボン。そや、持っとぅ、持っとぅ、そや!
鳥代: そう言えば神戸で「ありがとう」と言うときには標準語の「蟻が十」のアクセントになるって聞いたことがあるのを思い出したわ。「おおきに」ではないのね。ところで、モジリアート教授、ご出身は神戸だったのですか。外国だとばかり思っていました。
教授: いや、生まれはイタリアだ。父親はモーツァルトが好きで私にアマデオという名前を付けたくらいでヨーロッパに残りたかったようだが、仕事で日本に住むようになってからは、日本のモーツァルト受容の肌理(きめ)の細かさに随分お世話になったと言っていた。それで神戸育ちの私もモーツァルトに関心を持っているという訳だ。

4.モーツァルトの友人仲間音楽

犬輔: 家庭音楽ではないですが、そのほかにモーツァルトの日常生活を反映した音楽としては、カノンがありますね。
教授: カノンにもいろいろあるが、異国語の歌詞を自国語として聞くととんでもない意味になる曲があるね。ラテン語の歌詞がドイツ人には別の意味に聞こえることを狙って作曲したと言われているK.559のカノンだ。解説書には普通次のように書かれている。
「モーツァルトは、ある時、バイエルンのテノール歌手ヨハン・ネーポムク・パイエルをからかってやろうと、友人仲間の集いの場で、彼にカノンを一曲(K.559)歌わせた。そのラテン語のテキストは、こう歌われる。
 
♪Difficile lectu mihi mars et ionicu.
(わたしには戦記とイオニア詩を読むのはむずかしい)
 
モーツァルトがパイエルにこう歌わせたのは、彼には発音に癖があるのを知っていたからである。なにも知らないパイエルがこれを歌うと、一座の者にはドイツ語で次のように聞こえてくるのであった。
 
♪....Leck du mich im Arsch und Jonicu (=Johann)...
(...おれの尻とタロウをなめろ...)
 
自分がラテン語の歌を歌っていると信じて、まだ気がつかぬパイエルに対して、モーツァルトはパイエルが持っている楽譜を裏返して、みんなにもう一つ別のカノン(K.559a) を歌わせるのだった。
♪おお、それ、バカのパイエル、....」
モーツァルトにとってこの歌のイメージはかなり以前から親しみのあるものだったようだ。レーオポルト宛に書いた手紙の一節に射的の標的に描く絵に関するモーツァルトの注文があり、次のように書かれている。「ブロンドに近い髪の小男がそこで身を屈め、お尻をまるだしにしています。彼の口から言葉あり。『ごちそうをたんと召し上がれ。』もうひとりの男は、ブーツに拍車、赤いマントに流行のきれいなかつらといういでたち。彼は中肉中背のようです。いかにも小男のお尻をなめるような格好にみえます。その口より言葉あり。『ああ、早く出てこい。』」この標的が実際に制作されたものかどうかは不明であるが、1995年、勇気ある女性画家イングリット・ラムザウアーがモーツァルトの注文通り制作し、新装なったザルツブルクのモーツァルトの住家(じゅうか)に寄贈したものがある図2, 12
犬輔: でも、ラテン語がドイツ語でどう聞こえるかなんて、普段ドイツ語を話していない僕たちには、この解説のように頭で聞くことしか出来ないから、曲を聞けば聞くほどにモーツァルトが遠のいて感じられてしまいますよ。モーツァルトは世界のモーツァルトであると同時に日本のモーツァルトでもあるはずですよね。浪花のモーツァルトもいるくらいですから13
鳥代: 例が悪い(渋面)!
犬輔: この曲が日本語に聞こえる方法はないのですか。
教授: それは冒険だが、やってやれないことはない。
鳥代: 面白そうね。私も聞いてみたい。
教授: では、覚悟はよろしいかね。ダンディをダンデイ、フィレをヘレ、インクをインキと発音する私のようなおぢさんが「ディフィチレ」を「デイヘチレ」、「レクトゥ」を「レキト」と訛ったとしよう。こんな風に歌うことになる。
♪Difficile lectu mihi mars et ionicu ionicu difficile.
どう聞こえたかな?
鳥代: デイヘチレ レキト ミイ モアル エト ヨニク ヨニク デイヘチレに聞こえました。
教授: 意味はまだ不明かね?それではヒントを上げよう。ここで再び方言が登場する。京都弁14に聞こえるはずだ。単語を拾っておこう。
  • 出い:「出る」の命令形は標準語では「出ろ」「出よ」だが、京都を含む関西ではもっぱら「出よ」と言い、「出い」「出え」などの音便形が派生する。
  • 歴と:疑う余地のないほど確かなさま。「れっきと」は促音便形。
  • 実:「みぃ」と発音するのは関西風。特に京都の場合、1拍語名詞は必ず語尾を引く。
  • あるえ:京都で「あるよ」の意。今では女性語のようだが、「え」は元々男女ともに用いられた助詞だ。
犬輔: ええと、
♪デイヘチレ レキト ミイ モアル エト ヨニク ヨニク デイヘチレ
ですね……。
♪デイ ヘチレ レキト ミイモアルエ トヨ ニクヨニク デイ ヘチレ
分かった!こう聞こえました。
 
♪出い!/屁散れ!/「歴と実ぃもあるえ」とよ/肉よ肉/出い!/屁散れ!
 
標的に書かれたブーツ男図2の台詞にぴったりですね。それに、今の時勢柄、狂牛病は怖いけれど肉は食べたいという気持ちまでズンと伝わってきます。含蓄深い!
鳥代: いやあね。ドイツ語よりもかなり品が悪いわ。それに、京都の方、ごめんなさい。音楽的にも、はじめの独唱部分だけはそう聞こえるかもしれないけれど、その後のカノン部分では音節の区切りが違うため難があるわ。
教授: その通り。音楽的には別の案を工夫すべきだね。例のN氏は次の歌詞で上演したらしい図3,15。すなわち異国語の空似ではなく、日本語を基にしたいわゆる「ぎなた読み」で音節の区切りをずらすと意味が異なることをうまく使った歌詞だ。既にモーツァルトのオリジナルにも、私の例にも「ぎなた読み」は含まれていたからね。
 
「わからない、人の運(三声用カノン)」K.559
♪わからない/人の運/こいつを知りな/芽出るのか
(=わからない/人のうんこ/何時お尻なめ/出るのか)
 
この程度がモーツァルトの趣旨にも叶っているし、解説なしで自然に聞こえてくる限度と言えそうだね。
犬輔: 他人の空似で思い出した。《フィガロの結婚》の中でイタリア語が、日本語に聞こえるところがあるよ。第3幕13場で伯爵が「それに彼の辞令はお前のポケットに残っていた」と歌うレチタティーヴォ E a te la sua patente/Era in tasca rimasta… の最後のところは、全く「助かりました」と言っているよ16, 17。伯爵が使用人に向かって「助かりました」などと丁寧語を使うのはおかしいから、この部分に来ると僕はいつもフィガロの台詞ではないかと勘違いしてしまうんだ。詮無いことだなぁ(溜息)。

5.モーツァルトのペットは鳥

鳥代: ペットの話からかなり外れてしまったけれど、モーツァルトのペットには鳥もいるわ。
犬輔: どんな鳥を飼っていたのかな。
鳥代: ザルツブルクで1770年から1777年にかけてはカナリヤを飼っていたようよ。その間の手紙で一回だけ「小鳥たち」と複数で表現されているので、カナリヤが複数いたのか他の鳥も一緒にいたのかははっきりしないけれど、とにかくカナリヤだけは継続して飼われていたと思われるの18
犬輔: ヴィーンではどうだったのかな。
鳥代: ホシムクドリを飼っていたのよ19。日本ではあまり聞かないけれど欧米ではホシムクドリは飼い鳥なのね。モーツァルトはこの鳥をとても気に入っていたので1787年6月4日のホシムクドリの死を悼む詩が残っているわ21
犬輔: モーツァルトが亡くなる前の頃、隣の部屋のカナリヤの鳴き声が病床のモーツァルトをいらいらさせるためカナリヤを遠ざけたという話をどこかで聞いたことがあるけれど、またカナリヤを飼ったのだろうか。
鳥代: それは、ゾフィー・ハイベルの手記に書かれていることね22。そう、モーツァルト自身の1791年6月の手紙23に出てくる「小鳥」がそのカナリヤだと見なして良いでしょうね。
犬輔: うーん、今までの鳥代さんの説明を聞いていて一つ不思議に思うんだけれど、モーツァルトはカナリヤやホシムクドリに対しては淡泊に接しているようだね。
鳥代: なぜそう思うの?
犬輔: だって、小鳥に名前を付けていないからさ。ペットに対しては普通、名前で呼んだり、話かけたりするよね。それに、ペットが複数いれば識別のためにも名前は付けるよ。だから、まず、呼ぶ必要がなかったということなんだ。ということは恐らく放し飼いにはしていなくて鳥籠で飼っていたんだね。犬には家の中を歩き回り家具や服をよだれで汚すことを許した一方で、小鳥には部屋中を飛び回って床を羽や糞で汚したり肩に留まりに来ることを許さなかったということだね。一家のペットという位置づけの犬に対し、孤立したペットというべき位置にあるのが小鳥なんだ。次に、鳥には話しかけもしなかった。これはモーツァルト側が受け身の姿勢だったということかな。最後に、個体識別の必要もなかったということは、複数の小鳥がいてもどれもドングリの背比べと見なされているということか……。
鳥代: 随分感情移入するのね。そんなに難しいことではないんじゃないの。モーツァルトは音楽の対象として小鳥を愛でていたということはないかしら。一方、言葉の対象として犬を可愛がっていた……。
犬輔: その方がもっと難しいんだけれど。
鳥代: 鳥との関係は双方向ではなく、片方向と言える?つまりモーツァルトは鳥の歌を聞くだけだった? それは日常性でなく劇場性を求めたから?これらの問題はひとまず措いて、あとではっきりさせましょう。

6.鳥の歌

犬輔: 一般に鳥は歌を歌うと言われているけれど、鳥の歌とはなんだろう。
教授: 鳥の鳴き声には地鳴き(じなき)と囀り(さえずり)とがある。前者は季節や繁殖期にかかわらず聞かれる50ミリ秒程度の長さの1音節の鳴き声であるが、後者は主に雄が繁殖期に周期的に鳴くもので、数音節の長さのメロディ・リズムを持っており、われわれの歌の構造に似ている。このことから鳥の囀りを一般に歌と呼んでいる24。外国でも事情は全く同じでそれぞれ call と song とに分けている25。鳥の種類が異なれば歌も異なることが知られており、さらには歌がうまい、あるいは歌える歌の種類が多い方が異種に対するなわばりの主張や、同種の繁殖に好都合であると考えられている。
鳥代: それでモーツァルトも手紙でカナリヤの鳴き声を「歌」と言っているのね。
犬輔: 本当?その手紙をちょっと読んでみてくれるかな。
鳥代: いいわ。1770年5月19日、ナポリからザルツブルクのナンネル宛よ。「カナリヤさんのご機嫌はいかがですか。知らせてください。相変わらず歌っていますか? やはりピイピイ囀ってるかな? ぼくがどうしてカナリヤのことを思い出したかわかりますか?ぼくらのつぎの部屋に一羽いて、家のと同じようににぎやかにしています。」
犬輔: 書簡全集の訳だね。原語はどうなっているんだろう。
教授: 「相変わらず歌っていますか?」は"singt er noch?"だね。「やはりピイピイ囀ってるかな?」は"pfeift er noch?"だ。「(それは)家のと同じようににぎやかにしています」は"whelcher ein gseis macht wie unsrer"とオーストリア方言で書いている。まず、モーツァルトがカナリヤの鳴くのを「歌う」と言っていることに間違いはなかったね。次に、「ピイピイ」はまずい訳だ。ピイピイというような言い方は、鳥の鳴き声を言葉に写した「写声語」という部類に属する表現で、鳥毎に異なった写声語を要求されるものだ。辞書で pfeifen を引いて一例として載っている「ピイピイ鳴く」をそのまま訳に採用すべきではない。モーツァルトがカナリヤの歌を安っぽくピイピイと写声したと勘違いされてしまうからだ。意味からは「吹鳴している」だが、私だったら「喉を聞かせている」と訳す。まあ「ピイピイ」を除いて「囀ってるかな?」でも充分だがね。しかし、最後の「にぎやかにしている」はうまい訳だ。エミリー・アンダーソンの英訳版書簡全集ではこれを which makes a noise と訳していて私には興醒めだった記憶がある。gseis は、俗語 seichen (無駄話をする)の語幹に Ge- を付けて、Geseich という反復動作名詞が派生し、おそらくオーストリア方言でそれが Gsei となり、さらに gseis という副詞形になったものとみられる。モーツァルトは einmachen (執拗に反復する)と組み合わせることにより、カナリヤがのべつ歌っていることを言いたかったものであろう。
犬輔: 写声語とは例えばハシブトガラスの鳴き声をカアカアと表現するなどを言うんですね。
教授: そうだ。日本ではハシブトガラスの写声語は時代によって変遷しており、奈良時代には、コロとかカラと写されていた。カラスの鳥名も、写声語のカラに鳥を表す接尾語のスがついてできあがったものだというね。鎌倉・室町時代から江戸時代にかけてはコカコカとかコカアコカアと写され、そしてカアカアやアアアアの写声語が江戸時代にできあがったというんだ26。欧米でも写声語のことを phonetics すなわち音声による表記と言っており、American Crow (アメリカカラス)は Caw, caw, caw (コウ、コウ、コウ)と写されている27
犬輔: でも、モーツァルトは写声語には目もくれなかったんだ。
鳥代: 確か、miau, miau と猫の鳴き声を歌っている曲があったけれど...
犬輔: 共作歌劇《賢者の石》の一節だね。でも、猫の鳴き声は余りに一般化しすぎていて、モーツァルトのオリジナリティの入る余地はないから写声語としての評価からは外していいと思うよ。
鳥代: わたし、もう一つ思い出したわ。チマローザの歌劇《宮廷楽師長》で楽器の音を写声していたわね。あの部分を聞いたとき、モーツァルトだったらこうしないわと思った理由はこれだったのね。
教授: ところで、諸君らは「てっぺんかけたかホトトギス」という言い方を聞いたことはないか? ホトトギスは写声語では「キョッキョッキョキョキョキョ」と写すが、これを記憶しやすい「てっぺんかけたか」という言葉にして表記するたぐいの方式だよ。このように言葉ではない音を表現するのに言葉で置き換えたものを「聞きなし」と言うんだ。ちょうど目で見て「見なす」ことを耳で聞いて行うことからこう言うんだね。聞きなしも歴史が古く、欧米では Mnemonics と言っている。記憶術による表記という意味で、例えばフクロウの鳴き声は"who cooks for you"と言う言葉にして記憶するそうだ28。聞きなしは日本独特のものであるという軽率な説明が良く見られるが、誤解であることに注意されたい。さて、モーツァルトは鳥の鳴き声をこのように言葉で表したこともないね。
鳥代: はい、モーツァルトはカナリヤの鳴き声を言葉で聞きなしたことはないようです。
教授: しかし、モーツァルトにとって、言葉は音楽と同様に重要だった。モーツァルト自身、詩人ではないから言葉で表現できないと言うが、それが謙遜さからであることはおびただしい手紙における表現力が物語っているし、第一ホシムクドリの死に際して詩を書いている。また、詩は音楽の娘でなくてはならないと言ってオペラ台本にかける情熱は、モーツァルトにとって言葉が音楽と表裏一体の関係にあることを示している。

7.右脳優位と左脳優位

犬輔: 言葉と音楽の問題について現代では、左脳と右脳に対応させて科学的な説明もされていますね。
教授: そうだ。医学的に言語中枢は左脳に、音楽中枢は右脳にあることが分かっている。但し、細かくは、日本語話者は言語の全てが左脳で処理されるが、西欧語話者は音節単位の言葉と母音は左右の脳で効率よく分担しており、言語としての働きのみを左脳が担っているということらしい。また「日本語話者は虫の音(ね)は左脳優位、機械的な騒音は右脳優位だが、西欧語話者は虫の音も機械的な騒音も同じように右脳が優位である」ということも検証されている29。この結果、虫の音を日本語話者は言葉として聞き、西欧語話者は音楽として聞くという結論が得られると言うんだね。
鳥代: えっ。西欧人が虫の音を音楽として聞くんですって?
教授: 私がイタリア人の血を引いているから言うのではないが、西欧人の方が音楽の許容範囲は広いんだ。海外の動物行動学の分野では歌を「鳥、蛙、虫、鯨そして人間によりリズミックに反復される発声である」と定義しているよ30。日本人に鯨の声が歌に聞こえるかね。翻って「外人には虫の音はノイズにしか聞こえない」という日本で一般に流布されている風説は何を根拠にしているのかね。しかもこれが日本人や日本文化の優位性に結びつく文脈で述べられるから質が悪い。最近流行りの音楽療法の専門家にも誤解している人が多いようだね。信じない向きにはこんな証拠もあるよ。6月を歌った A. Hare 作の詩だ31
"June" by A. Hare
It seems to sing
With all the myriad blended songs of birds,
And the faint reedy notes of insect orchestra.
(六月は歌っているようだ
小鳥の何万という歌とまじり
虫のオーケストラのかすかな高音の調べとともに)
犬輔: 西欧人が虫の音を音楽として聞く例は分かったけれど、逆に日本人が虫の音を言葉として聞く例があるのですか。
教授: 虫の音の言葉による聞きなしは、私の知っている限りではツヅレサセコオロギの「肩させ裾させ」しかない。日本人にとっても虫の音はやはり言葉と言うより音楽が多数派のようだね。藤井康男の『右脳天才モーツァルト』によれば、左脳は数学、言葉、理論を分担し、右脳は感性、想像力、音楽、図形を分担してはいるが、相互に協力し合っているのであって、右脳と左脳は画然と区別できないと説明している32。これが正しそうだ。日本人も西欧人も鳥や虫の鳴き声を言葉として聞く人もいれば、音楽として聞く人もいる。どちらとして聞くかはその人が持っている趣味嗜好によるのではないか。言葉と音楽のどちらが風流でどちらが感受性に富んでいるかの評価も嗜好によると言っていいだろう。さらに、ある研究によれば擬音語の言語化には対象に対する心理的親密度が重要なファクターであるという報告もあり33、心理的親密度が低ければ耳にさえ入らないか、入ってもうるさいと感じるだけで、言葉としても音楽としても聞こえてこないであろうことは容易に想像がつく。この場合の心理的親密度とはその音が季節を感じさせるとか、故郷を感じさせるなど間接的なものであっても一向にかまわない。
犬輔: はい。言葉とモーツァルトは関係が深いけれども、やはり鳥に関してはモーツァルトがその歌を音楽として聞くために飼っていたということなんだ。
鳥代: ニーメチェクは「モーツァルトは動物を愛したが、小鳥をとりわけ愛した」と書き残しているわ34。小鳥を音楽との関連で愛でていたということが充分に考えられるわね。1791年の冬に作曲されたドイツ舞曲K.600の第5曲のトリオにカナリヤの歌が出てくるのもその表れね。でも、小鳥の歌を漫然と楽しむというだけだったのでしょうか。
犬輔: 鳥の歌が人間の歌と同様のメロディ・リズム構造を持つということは、鳴き声を人間の言葉に聞きなしたように、音楽に聞きなすことも可能かもしれない。
教授: 最近学会でもそのような研究発表が動物行動学者から出されている。例えば、ルイス・バプティスタはメキシコの White-breasted wood wren の鳴き声WAVがベートーヴェンの交響曲 第5番 ハ短調《運命》作品67の冒頭WAV「ダダダダーン」35とそっくりなこと、Canyon wren (ムナジロミソサザイ)の鳴き声WAVがショパンの練習曲 ハ短調《革命》作品10の12の下降スケールWAVにそっくりなことを例にあげている36。だが、動物行動学者と音楽学者が協力しての動きはまだないようだから、諸君らがやってみてはどうかね? そのためにはバードウォッチャーにならなければならないが、手始めにインタネットでその予行演習をやってみたらどうか。
犬輔: それでは、それを宿題にして調べて来ます。

8.クラシック音楽を口ずさむ鳥たち

犬輔: 調べてみてたくさんあるので驚いたよ。日本古謡をはじめとしてあの渋いブラームスの各曲に聞きなすことが出来る鳥の歌まで見つかったんだ。まず、アマゾンに生息する Red-lored parrot (キホオボウシインコ)WAVを聞いてみよう37。ペットとしても飼うことが出来るおとなしいインコで、物真似もうまいそうだ。「さくらさくら」埋込みMIDを歌っている。
鳥代: 繰り返して聞けば、冒頭のところを2小節歌ったことになるわね。アマゾンに日本のメロディなんて。
犬輔: お次はブラームスの《大学祝典序曲》MP3。歌っているのは Blackbird (ブラックバード)MP3, 38だ。ロバート・バーンズ作詩のスコットランド民謡"Flow gently sweet Afton"は知っているね。その中で wild whistling blackbird と詠まれているブラックバードだよ。最後のところでメロディを外したように聞こえるけれど、元々ブラームスを歌おうとしているわけではないのだから非難は酷だよ。それよりもメロディ表現の絶妙さを愛でるべきだね。
鳥代: そうね。感心するわ。
犬輔: 次の登場はうるさくて図々しいと嫌われているハシブトガラスWAV, 39。ブラームスの交響曲第1番、第1楽章MP3を歌う愛嬌もある。「アホアホ」にも聞こえるけれどね。これらに共通しているのは、鳥の固有の歌でありながら、人間の作った音楽に、リズムだけでなく、音程、メロディもそれなりに似ているということだね。偶然とは面白いなぁ。
鳥代: モーツァルトはないの。
犬輔: お待ちどうさま。それではモーツァルトを歌う鳥たちに登場してもらいましょう。交響曲 第40番 ト短調 K.550の第1楽章MP3はどうかな。ヤマガラMP3, 40の歌は冒頭で3回繰り返す通称「マンハイムのため息」と呼ばれる音型をなぞっているよ。
鳥代: でも音程が怪しいわね。
犬輔: うん。マンハイムのため息をより正確に歌っているのはアオアシシギMP3, 41だね。聞くところによれば、南米にもこの交響曲の冒頭を歌う鳥がいるというよ42
鳥代: 是非聞いてみたいわね。
犬輔: 交響曲 第33番 変ロ長調 K.319のフィナーレの終結部分の特徴的なリズムMP3を歌っているのはオナガガモWAV, 43だよ。似たような終止音型は弦楽四重奏曲 ト長調 K.387の第1楽章MP3にも出てくるね。
鳥代: 交響曲を歌う鳥がこんなにも身近にいるなんて気が付かなかったわ。
犬輔: では引き続きオペラ序曲と参りましょう。チリの Magellanic WoodpeckerAU, 44は《フィガロの結婚》序曲に代表され、モーツァルトの常套句と言ってもよい中間終止音型MP3を元気良く歌っている。
鳥代: 随分だみ声ね。発声練習をお願いしたいわ。
犬輔: ボリヴィアの Great Antshrike (オオイシチドリ)MP3, 45が歌うアッチェレランド音型は《フィガロの結婚》序曲終結部MP3に出てくるね。
鳥代: ちょっと待って。そこはアッチェレランドでなく、クレッシェンドしながら、高まったところで一気に音価を半分にし、あたかもアッチェレランドがかかったかのような効果を生みだすのがモーツァルトの手法よ。そのような例を探してこなければ私は認めないわ。
犬輔: きびしいなぁ。形式美か自然美かの問題だね。うーん。じゃあ、妥協の産物で、音価を半分にするところは似ているけれどクレッシェンドはしていないヒクイナMP3, 46の例で勘弁してもらえないかな。
鳥代: ははは。冗談よ。良くこれだけ調べたわね。ご苦労様。
犬輔: 調査中に知ったんだけれど、ニール・ザスラウまでもが著書の中で交響曲 ト長調K.74 のフィナーレでイタリアの Cinciallegra の鳴き声がすると言っているんだよ47。でも僕の調べた限りでは似ていないので、個体差が相当あるようだね。だから、今聞いてもらった例にしても、別の個体では聞けないものが含まれているということを断っておく必要があるね。
鳥代: モーツァルトはこのような聞きなしを楽しみながら飼い鳥の歌を聞いていたのかしら。
犬輔: その疑問に答えられるかもしれない貴重な録音を見つけたので聞いてもらえるかな。
鳥代: えっ。貴重な録音ですって?
犬輔: モーツァルトの支出簿には1784年5月にホシムクドリを買ってきたことと、そして4月に作曲済みのピアノ協奏曲のロンド主題をこのホシムクドリが歌ったという記録が楽譜付きで記入されているよね図4。ホシムクドリの歌をモーツァルトがロンド主題MP3に「聞きなした」とすれば、そのホシムクドリの歌はこのような鳴き声だっただろうと思わせる録音なんだ。モーツァルトのホシムクドリはヨーロッパのムクドリの一種だけれど、この録音は日本のコムクドリと言う鳥だMP3, 48
鳥代: 驚いた。確かに私にもそう聞きなすことが出来るわ。でも、この日本のコムクドリの歌はメロディ・リズムとも楽譜に書いたらずいぶん違うのではないかしら。モーツァルトの記譜はホシムクドリがもっと正確に歌っていることを示しているわね。私には、音楽の聞きなしという、遊び心は擽(そそ)るものの、不正確な子供だましをモーツァルトが楽しんだとはとても思えないわ。
犬輔: そうかなあ。教授にはどう報告しようか。

9.物真似上手の鳥たち

鳥代: そうだ。ムクドリは物真似鳥であると言われているとどこかに書いてあったわ。これがヒントかもしれない。自然界では物真似鳥は他の鳥の鳴き声や自然音を真似するけれど、ペットでは教えた言葉を真似することが一般的ね。でも、モーツァルトの場合は音楽を真似る鳥を求めたのかもしれない。音楽を物真似する鳥がいるのかどうか調べてみましょう。
犬輔: ここに『小鳥はなぜ歌うのか』があるから見てみては。
鳥代: あったあった。「動物行動学者のK. ローレンツが飼っていたインドのアカハラシキチョウはモーツァルトのヴァイオリン協奏曲の数分間分を真似したそうである」と書いてあるわ。その他、カラス、カケス、ムクドリ、モズなどが良く知られた物真似鳥として挙げられてもいる49
犬輔: ローレンツという人はアカハラシキチョウにヴァイオリン協奏曲を何回も聞かせて教え込んだんだね。すると、モーツァルトの場合はホシムクドリにだれかがピアノ協奏曲を教え込んだんだ。でも誰がいつ教えたんだろう。
鳥代: オットー・ヤーンの『モーツァルトの生涯』にはこう書いてあるわ。「鳥が主題をコミカルに改変して鳴いているのを聞いたモーツァルトは嬉しくなってその鳥を購入する気になったのである」50。ダヴェンポートの『モーツァルト』51にも礒山雅の『モーツァルトあるいは翼を得た時間』52にも同じことが書かれているわね。つまり、モーツァルトが購入する前に鳥はピアノ協奏曲の主題を習っていたということになるわけね。
犬輔: ヴィゼヴァ、サン・フォアの『モーツァルト』53によれば、ロンド主題は元々民謡のような人口に膾炙したメロディから取られている可能性があり、その元曲をだれかが鳥に教えていた可能性があると言っているよ。
鳥代: ペットショップのそばの通りでストリート・オルガンが毎日そのメロディを演奏していたとすれば鳥が自然に覚えることがあるかも知れないけれど、可能性は低いでしょうね。マルセル・モレは『神モーツァルトと小鳥たちの世界』で、元曲が発見されていない限りはサン・フォア説に疑問符を打たざるをえないと言っているわね54
犬輔: それでは、モーツァルト自身がピアノ協奏曲を作曲してから1ヶ月間ペットショップへ通って口三味線でメロディを教え込んだとでもいうのかな。
鳥代: その新説いただき!と言いたいけれど、その説は既にM. J. ウェストと A. P. キング夫妻が『モーツァルトのホシムクドリ』でこう言ってるわ。「鳥の歌とロンド主題が余りにも似ているので、多くの動物好きがそうするようにモーツァルトも何回か店に通いホシムクドリに接していた可能性がある。モーツァルトはハミングも口笛もうまかったから」55とね。
犬輔: そんなモーツァルト、僕には想像できないなあ。まるで見てきたような話だから尚更だ。
教授: 随分話が盛り上がっているね。もう一度事実関係をさらっておこう。オットー・ヤーンの『モーツァルトの生涯』によれば支出簿のあるページに、「1784年5月1日 谷百合2本……1クロイツァー」と「1784年5月27日 ホシムクドリ1羽……34クロイツァー」という記述があり、その後ろにモーツァルトの採譜図4が来て、さらに「それはよかった!」の注記があるとのことだが56、これだけではモーツァルトの採譜が5月27日になされたのかどうかは分からない。支出簿が紛失してしまっている今、5月1日から5月27日までの26日間何も書かれていなかったのか、それとも単に5月分の最初と最後だけを引用して紹介したのかわからないが、次の記入日が同様に26日くらい後であった可能性は否定できない。そうだとすると、その間のどこかの日にモーツァルトが採譜したと考えることも出来る。あるいは、6月からの分を新たに次のページに書いていたとすれば5月27日の下は長い間空白になっていただろうから、採譜したのはもっと後かもしれない。さらに言えば、採譜は下の欄外ということも考えられる。
鳥代: すると、ホシムクドリはモーツァルトが買ってきてから訓練されたという可能性もあるわけですね。
犬輔: ところで、訓練期間はどのくらい必要なんだろう。26日くらいあるいはそれ以下というのはホシムクドリがメロディを覚えるのに充分な期間なのだろうか。
鳥代: 『小鳥はなぜ歌うのか』が紹介している例によれば、キュウカンチョウは数週間黙って習うだけで、急にしゃべり出すそうよ。そして最初のうちはバブリングと言われるはっきりしない発音状態が続き次第に結晶化してくるんだって57。『モーツァルトのホシムクドリ』には鳥が言葉を覚えるには数日から数ヶ月必要とあるわね58。音楽の訓練でも同じとすればモーツァルトが採譜したのは結晶化直前の歌と言ってよいのではないかしら。当然のことながら鳥が音源に親しく接する時間が多いほど覚えるのが早いそうだから、モーツァルトは自室のホシムクドリの籠の前で一生懸命ピアノを弾いて教え込んだのでしょうね。
犬輔: それなら、僕も想像できるよ。だって、ホシムクドリはソロで歌うわけだから、第3楽章冒頭のオーケストラのトゥッティ部分MP3をピアノで弾いてもらったって覚えられないよね。ピアノソロによるあのメロディは249小節目のアウフタクトから始まる部分図5,MP3にしかないから、ホシムクドリが真似しやすいようにモーツァルトはそこを繰り返し弾いて教え込んだんだ。
鳥代: ずっと保留にしてあった問題もこれで解けたわね。モーツァルトは受け身で鳥に対していたのではなく、鳥との共同作業で音楽を楽しんでいた。あなたはモーツァルトが鳥に対して淡泊と言ったけれど、むしろ鳥と一体化してしまっていたからそう見えたのかもしれないわ。名前が無いのがなんだ、放し飼いしないのがなんだという声が聞こえてきそうね。そして、鳥を育て上げたら晴れの舞台で歌わせることを考えていたかもしれないわ。

10.音楽の冗談はホシムクドリの歌がヒント?

教授: 『モーツァルトのホシムクドリ』には、結論のあたりに大変なことが書かれているね。1787年6月4日のホシムクドリの死を悼む詩を評価して、モーツァルトがホシムクドリを「いたずら好きな鳥」と現代の動物行動学から見ても正しく捉えていると言っているのはよいとしても、その後で、《音楽の冗談》K.522を引き合いに出し、曲の特徴である「非論理的結合」はホシムクドリの囀りの絡み合いと呼応しており、「不器用さ」はホシムクドリの調子外れあるいは突然のメロディ外しに依っていると言い、またはっきりしない構造の長たらしくふらついたフレーズはホシムクドリのモノローグに見られる特徴であると言っている。曲の最後のあわただしい終止は、楽器が急に弾くのをやめてしまったかのように、上記のホシムクドリの特徴全てを持っているそうだ。つまり、K.522のホシムクドリ的特質のうちのいくつかが曲を書く時のモーツァルトの意図を理解する助けになると言い、上記のホシムクドリの傾向や、モーツァルトの特徴・習慣の傾向から見て、ホシムクドリを飼っていた3年間のモーツァルトとホシムクドリの相互作用がK.522のいくつかの部分を生みだしたと結論している。それ故、鳥の死の8日の後のK.522の完成は、彼の鳥友達のためのある種のレクイエムかもしれないとも言っている59
鳥代: ずいぶん大胆ね。あら、アラン・タイソンがK.522の着手を1784年に遡らせたことも引き合いに出しているじゃないの。なるほど、だから3年間というわけね。
犬輔: 感心している場合じゃないでしょう。何か反論を出してくださいよ。
鳥代: そうね。モーツァルトがホシムクドリの特質、とりわけ音楽的特質を熟知していたということが前提となっているけれど、根拠はどこにあるのでしょうね。あくまでも動物行動科学者の推測でしかないんでしょう? モーツァルトはホシムクドリが調子外れだなどと一言も言ってはいないですものね60, 61。モーツァルトが捉えていたホシムクドリの音楽的特質を探る方法はただ一つ、残っている採譜楽譜しかないわね。そこからホシムクドリの特徴と思われるものを抽出出来ればモーツァルトから見たホシムクドリの音楽性が見えてくるのではないかしら。
犬輔: なにかうきうきしてきたぞ。

11.ホシムクドリの歌は不協和音?

鳥代: 採譜楽譜図4の特徴を調べてみましょう。
犬輔: ほい来た。ト長調、アラブレーヴェはオリジナル図5と変わらないよ。1小節目の終わりにフェルマータが付いているのは、ホシムクドリの記憶が不確かになって、ためらったためだろうね。2小節目から3小節目にかけての変化は特徴的だ。装飾音が全てなくなっていて、そのかわり第3音だけ半音上がっている。
鳥代: そう。前に言ったようにこれは結晶化直前のホシムクドリの特徴で、このあとすぐに結晶化して、もっと上手に歌えるようになったかも知れないのよね。だからこの特徴はモーツァルトが残したホシムクドリのある時点でのスナップショットとして理解しないといけないわ。その前提で「変容規則」をまとめるとどうなるかしら。
犬輔: まとめるよ。
1.フェルマータはオリジナルにはない
2.オリジナルの上からの装飾音はシャープに化けるか、無視される
鳥代: そこに、
3.オリジナルの下からの装飾音はフラットに化けるか、無視されるっていうのを追加してもいいかしら。
犬輔: この規則をどの曲に適用しようとしているのかな。もう既に曲を想定しての発言に思えるけれど。
鳥代: 当たり!わたし、弦楽四重奏曲《不協和音》ハ長調 K.465の出だしを考えていたのMID。アレグロに先立つアダージョの導入部については昔から議論が絶えず、作曲が間違っているだの、写譜が間違っているだの言われて、フェティス62や、ウリビシェフ63が「訂正した」楽譜まで出版されたそうよ64。今では、アレグロ主部への移行部分ゆえ表現的不協和音だと説明されているわ。つまり意図的に不協和音効果を狙っているということね。手法としては掛留技法・経過技法だというの65
犬輔: 《不協和音》に変容規則を適用して、もう一つの「訂正版」を作る魂胆だね。でもいつもの鳥代さんらしくないなあ。原典主義者ではなかったの?
鳥代: 《不協和音》の原典は変えないわよ。そうではなくて《不協和音》の原型が見えるかも知れないと思ったの。現在の《不協和音》は結晶化直前の4羽のホシムクドリが歌った版であって、モーツァルトの準備した原型は変容規則適用前の形であったと仮定したらどうなるかということなの。
犬輔: 複雑だあ。
鳥代: 具体的にやってみましょう。「変容規則」は例外が多いから「オリジナル復元試案」は単純にするわよ。シャープは適宜取り除いて上からの装飾音として復元する。但し、全てのシャープに対してでないところがミソよ。
犬輔: ホシムクドリは明示してはいないけれど、敢えて鳥代さんが追加する復元案として、フラットは適宜取り除いて下からの装飾音として復元するんだね。
鳥代: そう。これも全てのフラットに対してではないのよ。そのほかは、触らないようにしておくわ。
犬輔: 本当に単純だね。
鳥代: そう。そうするだけで不協和音が、もっと聴きやすい和音に変わって聞こえるのではないかということなの。
犬輔: では聴かせてもらいましょうMID
教授: ハ長調の音階にシャープやフラットは出てこないというのは尤もらしい復元案で、だからこそ旋律も和音も成立するということだね。ただ、装飾音無しではこの復元が成立しない様に思われるのは不思議だね。
犬輔: ところで、《不協和音》にモーツァルト自身のスケッチは残されていないのですか。
教授: スケッチは見つかっていない。《不協和音》K.465の自筆譜はK.464の続きの五線紙に書かれており、一気に書かれていることが分かるし、所々間違いを訂正しながら書いている66。しかし、モーツァルト自身のハイドンへの献呈文の中で、苦労の末の作だと言っている67のを見ると、恐らくスケッチはあったものと私は考えるね。完成したのは自作品目録によると1785年1月14日であるから、1784年に沢山のスケッチがなされたのではないか。
犬輔: そうすると、鳥代さんの説を否定する材料はない訳ですね。
鳥代: 私の説を鵜呑みにしてもらっては困るわ。でも一つだけ分かってもらえたことがあるわね。それは、ホシムクドリの歌は決して調子外れの代名詞ではないってこと。動物行動学者が考えるよりホシムクドリはずっと音楽的だってことよ。
犬輔: だから、モーツァルトに愛されたんだね。

注:
1 1773.8.21 WAM(ヴォルフガング)、1774.12.16 LM(レーオポルト)、1775.1.14 WAM、1777.9.27MAM(マリーア・アンナ)追伸、1777.9.28 ナンネル、1777.9.28 LM、1777.10.2MAMの追伸、1777.10.6 MAM追伸、1777.10.11MAM追伸、1777.10.31 MAM追伸、1777.11.6 LM、1777.11.23 MAM追伸、1777.12.11 MAM追伸、1777.12.18 MAM、1778.1.10 MAM、1778.1.19 LM、1778.1.24 MAM、1778.4.20 LM、1778.6.11 LM、1778.6.29 LM、1782.5.8 WAMの各手紙を参照。
2 1777.10.2 MAMの手紙を参照。
3 1778.1.19 LMの手紙で「雄の」と言っている。
4 ピンペル(1782.5.8 WAM、1777.10.4ナンネル日記、1777.9.26ナンネル日記、1777.9.28 LM、1777.10.6 MAM追伸、1777.11.6 LM、1777.12.18 MAM、1778.1.19 LM、1778.4.20 LM、1778.6.11 LM、1778.6.29 LM、1779.9.18, 19 ナンネル日記、1780.9.11 ナンネル日記、1780.12.2 LM)。ビンペル(1777.9.27MAM追伸、1777.10.2MAM追伸、1777.10.11MAM追伸、1777.10.31 MAM追伸、1777.11.23 MAM追伸、1777.12.11 MAM追伸、1778.1.10 MAM、1778.1.24 MAM)。ビンペス(1777.9.27MAM追伸)。ピンペス(1777.10.2 ナンネル日記)。ピンペス嬢(1777.9.28 ナンネル、1774.12.16 LM)。ビンベル嬢(1775.1.14 WAM)。ビンベス嬢(1773.8.21 WAM)。以上各々明記以外は手紙本文を指す。
5 <http://www.hull.ac.uk/renforum/v5no2/steggle.htm>を参照。
6 <http://penelope.uchicago.edu/bacon/baconhistory.html>を参照。
7 多くの言語においてp音がb音に変化するのは一般に起こる現象である。例えばワレモコウ(学名 Poterium sanguisorba (minor)) と言う薬草はオランダ起源と思われオランダ語では pimpernel と言うが、ドイツ語では Pimpinelle あるいは Bibernelle、フランス語では pimprenelle、デンマーク語では bibernelle と言う。
8 <http://ling.ohio-state.edu/research/jpcl/online/snotes/sn45.htm>を参照。
9 カノンあるいはフーガの主題"Vom Pimberl und vom Stanzerl" Skb1782b, a = Sk1782f。1782年。
10 1787.1.15WAMの手紙を参照。
11 野口秀夫「音楽の遊び ハ長調 K.516f の演奏法と作曲の背景」音楽現代1987年11月号、1987年。<http://www.asahi-net.or.jp/~rb5h-ngc/j/k516f.htm>に再録。
12 Festschrift die Wiedererrichtung des Mozart-Wohnhauses 26. Jänner 1996, Salzburg Internationale Stiftung Mozarteum 1996, mit Beiträgen von Rudolph Angermüller, Reimar Schlie & Otto Sertl に所収。
13 作曲家キダタローのこと。<http://lande.jinkan.kyoto-u.ac.jp/~tanuki/hito1.html>を参照。
14 京言葉については<http://www.aurora.dti.ne.jp/~zom/Kyo-to/>を参照。
15 神戸市の秋の芸術祭『モーツァルトは神戸』1987年10月18日の上演。「エッチでお下劣な歌詞を、顔赤らめて連発するソプラノに爆笑の渦」(神戸新聞「正平調」1987.10.19)と好評であった。
16 森本剛「フィガロの結婚でタスカリマシタ」MBCモーツァルトばかクラブ会報 第56号、1993年。
17 空耳アワー・コレクション <http://www.ss.iij4u.or.jp/~skyear/>の50音別索引にはモーツァルトの項に「助かりました」が登録されている。
18 1770.5.19WAM、1777.9.27MAMの追伸、1777.10.3WAMの各手紙を参照。
19 1784.5.27のモーツァルト支出簿。現在紛失。ニーメチェクの『モーツァルト』初版の59ページが原典であると書簡集 Kommentar には書かれているが、英訳版(初版の翻訳の筈)、和訳版(2版の翻訳)のいずれにも見当たらない。Otto Jahn, translated by Pauline D. Townsend: Life of Mozart. Edwin F. Kalmus, New York. Vol. III, pp.310-312 には以下のように書かれている。「1784年2月に、彼は主題付きの正確なカタログ作りを始め、死の直前に至るまで注意深く全作品を記入している。同時に、彼は、収入および支出の家計簿を付け始めた。アンドレはこの計算書に関して報告している。残念なことに、私は見ることができていないが、モーツァルトは長い1片の紙に彼の収入額(それらはいくつかのコンサート収入、人のランク別レッスン料、および彼の少数の作曲料を含んでいた)を登録した。また彼は、小さなクアトロ判の本[9.5インチ x 12インチ][注20を参照]に支出を記入した。後にこの本は、英語の練習および英語の翻訳を記入するために使用されている。彼のエントリーは、それらが続いた限り、正確で微細であった。例えば、あるページにわれわれが見つけるのは;
          1784年5月1日   谷百合2本             1クロイツァー
          1784年5月27日  ホシムクドリ1羽   34クロイツァー
その後ろに、次のメロディーが来る;
          [楽譜] 図3
          <とてもよかった!>との評価。
である」
モーツァルトの書いている"Vogel Stahrl"(支出簿の表記)あるいは"Vogel Staar"(注21の詩の表記)と European Starling (Sturnus vulgaris)(ホシムクドリ)との同一性は M. J. West & A. P. King: Mozart's starling による[注55を参照]。Forest and Rangeland Birds of the United States Natural History and Habitat Use European Starling -- Sturnus vulgaris (formerly Starling)<http://www.npwrc.usgs.gov/resource/1998/forest/species/sturvulg.htm>のタイトルから分かるように、 European Starling は従来は単に Starling と呼ばれていた。現代ドイツ語の綴りは der Star であり、より正確には der europäischen Star と書く。ホシムクドリは体に星のように点々があるムクドリ科の種で、ヨーロッパではごく一般的な野鳥である。アメリカには1890年代にシェイクスピア作品に登場するすべての鳥をアメリカで見られるようにという企画の一環として持ち込まれ繁殖しているが、日本には稀な冬鳥として渡来する程度である。 日本産のムクドリは Gray Starling (Sturnus cineraceus) という種である。
20 判形については<http://www.lepetitprince.net/sub_ochibo/booksize.html>を参照した。クアトロ版が小さいと言えるのかどうかについては疑問が残る。
21 ホシムクドリを送る詩。
          ここに憩う可愛い道化
          一羽のホシムクドリ
          いまだ盛りの年で味わうは
          死のつらい苦しみ。
          その死を思うと
          僕の胸は痛む。
          おお、読者よ!きみもまた
          手向けたまえ、ひとしずくの涙を。
          憎めないやつだった。
          ただちょっとはしゃぎ屋で
          ときにはふざけたいたずら者。
          でも、とんまではなかった。
          きっとあいつは天国で
          ぼくを讃えてくれるだろう
          友情あふれる無償の行為に。
          短い命つきるまで
          主人がこんな詩人とは
          思いもよらぬことだった。
22 オットー・エーリヒ・ドイチュ、ヨーゼフ・ハインツ・アイブル編、Kouji Imoto訳『ドキュメンタリー モーツァルトの生涯』シンフォニア 1989。
23 「あす朝5時に、ぼくらは三台の馬車を満杯にして出発する。(中略)ただ、残念なのは、クラヴィーアももって行けなければ、小鳥を連れてゆくこともできないことだ。」(1791.6.7WAM、ヴィーンからバーデンで湯治中のコンスタンツェへ)
24 小西正一著『小鳥はなぜ歌うのか』岩波新書 1994。
25 英語では、地鳴き=calls、囀り=歌=songsと言う。詳細については次のサイトを参照。Songs and Calls <http://www.ornithology.com/lectures/SongsandCalls.html>。
26 山口仲美著『ちんちん千鳥のなく声は』大修館 1989。
27 Bird Song Mnemonics & Phonetics <http://www.geocities.com/Yosemite/2965/mnemonic.htm>を参照。
28 Bird Song Mnemonics & Phonetics 前掲URLを参照。
29 角田忠信著『右脳と左脳』小学館 1981
30 Patricia M. Gray, Bernie Krause, Jelle Atema, Roger Payne, Carol Krumhansl, Luis Baptista : The Music of Nature and the Nature of Music, Science, vol 291, 5 Jan, 2001, pp. 52-54. <http://members.tripod.com/~uulubbock/music_of_nature.htm> あるいは <http://home.wlu.edu/~giddingsa/bio182/fulltextGray.html>に再録。
31 赤祖父哲二『英語イメージ辞典』三省堂、1990年。
32 藤井康男著『右脳天才モーツァルト』同文書院 1991年。
33 武田みゆき『擬音語の語彙化に関する日中両言語の特徴』 <http://www.lang.nagoya-u.ac.jp/bugai/kokugen/tagen/tagenbunka/vol1/takeda01.pdf>を参照。
34 フランツ・ニーメチェク著・高野紀子訳『ヴォルフガング・ゴットリープ・モーツァルトの生涯』音楽之友社 1992年、p100。
35 かつては「ジャジャジャジャーン」と言っていた。写生語が時代と共に変化する一つの例がここにもある。
36 S. Milius: Music without Borders, When birds trill and whales woo-oo, we call it singing. Are we serious? <http://www.sciencenews.org/20000415/bob2.asp>を参照。
37 White-fronted parrot (Amazona albifrons)(キホオボウシインコ)。Jim Hines, USGS: Patuxent Wildlife Research Center information on Migratory Birds, Species Maps, Song clips, Photos & Software <http://www.mbr-pwrc.usgs.gov/>から音源ファイルを引用させて戴きました。
38 Melodious Blackbird (Dives dives)(ブラックバード)。Dan Mennill: Bird Songs of the Yucatan Peninsula <http://biology.queensu.ca/~mennilld/Mexico.html>から音源ファイルを引用させて戴きました。
39 Jungle Crow (Corvus macrorhynchos japonensis)(ハシブトガラス)。岩下 和義:岩下ページ <http://goemon.dr5w.saitama-u.ac.jp/~iwa/>から音源ファイルを引用させて戴きました。
40 Varied Tit (Parus varius)(ヤマガラ)。Pika(パイカ):ことりのさえずり <http://www14.xdsl.ne.jp/~pika/index.html>から音源ファイルを引用させて戴きました。
41 Common Greenshank (Tringa nebularia)(アオアシシギ)。Pika(パイカ):ことりのさえずり(前掲URL)から音源ファイルを引用させて戴きました。
42 交響曲 第40番の冒頭を歌う南米の鳥についての言及は<http://www.openmozart.net/jsp/message.do?action=view&id=8227>を参照。
43 Northern Pintail (Anas acuta)(オナガガモ)。岩下 和義:岩下ページ(前掲URL)から音源ファイルを引用させて戴きました。
44 Magellanic Woodpecker (Carpintero Negro) 。Guillermo Egli: Aves de Chile <http://www.ccpo.odu.edu/~andres/aves/sonido.html> から音源ファイルを引用させて戴きました。
45 Great Antshrike (Taraba major)(オオイシチドリ)。Sjoerd Mayer: Aves de Chile <http://www.birdsongs.nl/Bolivia/snds_eng.htm> から音源ファイルを引用させて戴きました。
46 Ruddy Crake (Porzana fusca)(ヒクイナ)。Pika(パイカ):ことりのさえずり(前掲URL)から音源ファイルを引用させて戴きました。
47 Neal Zaslaw: Mozart's Symphonies, Context, Performance Practice, Reception. Clarendon Press, Oxford, 1989. pp. 180 - 81. また<http://www.openmozart.net/jsp/message.do?action=view&id=8218>を参照。
48 Violet-backed Starling (Sturnus philippensis)(コムクドリ)。中西悟堂監修 日本野鳥の会収録『野鳥の歌 Bird's Concert』ビクターレコード JV2016〜7 1969年 から音源を引用させて戴きました。
49 小西正一前掲書p.104。
50 Otto Jahn, translated by Pauline D. Townsend: Life of Mozart. Edwin F. Kalmus, New York. Vol. III, pp310 - 312.
51 Marcia Davenport: Mozart, Avon Books, New York 1/1932, 1979
52 礒山 雅著『モーツァルトあるいは翼を得た時間』東京書籍 1990年。
53 Théodore de Wyzewa & Georges de Saint-Foix: Wolfgang Amédée Mozart. Sa vie musicale et son œuvre. Essai de biographie critique, 5 vols, Paris: Desclée de Brouwer, 1912 - 1946.
54 マルセル・モレ著 石井宏訳『神モーツァルトと小鳥たちの世界』東京書籍 1991年。
55 M. J. West & A. P. King: Mozart’s starling, in American Scientist 78(2) Mar-Apr 1990, pp. 106 - 114.
56 Otto Jahn前掲書、p310-312。
57 小西正一前掲書p.106。
58 M. J. West & A. P. King前掲書。
59 M. J. West & A. P. King前掲書。
60 注21のモーツァルトの詩を参照。
61 Irina Rempt: The Starlings' Song in eighteen invented languages <http://www.xs4all.nl/~bsarempt/irina/valdyas/taal/hanleni_halsen/relay.html> ではメーリングリストの参加者によって「ホシムクドリの歌」という詩が18種類にも亘る人造言語に置き換えられ(何と脚韻をきちんと踏んでいる)、それを英語に訳す(当然全てが同じ訳になるのだが)という念の入った遊びが紹介されている。
さらに、Herman Miller: Fue Marrgarrel <http://www.io.com/~hmiller/music/marrgarrel.html> では様々な調律でこの「ホシムクドリの歌」が演奏されている。ちなみに彼の人造言語で Fue Marrgarrel は「ホシムクドリの歌について」の意味である。歴史上の有名な調律に加え、彼は(ハ長調で) C C# E E# G G# A#、あるいは C Db D# F G Ab Bb、そして C D E F G G# Bb の音階を使っており、これらを総称して「ホシムクドリの音階」と名付けている。彼がはっきり言っているように、この命名は「ホシムクドリの歌」に因んでのことであるに過ぎず、実際のホシムクドリがこの音階を持っているとか、調子外れであるということではない。
62 フェティスによるK.465の出版譜は特定できなかった。フランソワ=ジョセフ・フェティス(1784 - 1871)François-Joseph Fétis。 ベルギーの音楽学者で作曲家。
63 ウリビシェフによるK.465の出版譜は特定できなかった。アレクサンデル・ドゥミトリエヴィチ・ウリビシェフ(1794 - 1858)。ロシア語表記Улыбышев。ドイツ語表記 Ulibischeff。ドイツにおける原語表記 Ulybysev。日本における原語表記 Ulybyschew。フランス語表記 Oulibicheff。英語表記 Ulibishev。ドイツで育ったロシアの音楽評論家。外交官としても活躍した。1844年『新モーツァルト伝』を発表した。
64 Ant.-El. Cherbuliez: Zur harmonischen Analyse der Einleitung von Mozarts C-Dur Streichquartett (K.V. 465) in Bericht über die musikwissenschaftliche Tagung der Internationalen Stiftung Mozarteum in Salzburg vom 2. bis 5. August 1931 herausgegeben von Erich Schenk, Breitkopf & Härtel, Leipzig, 1932.
65 ヴルフ・コーノルト著、Kouji Imoto訳『弦楽四重奏曲の流れ』シンフォニア 1987年。
66 The Late chamber works for strings : facsimile of the autograph manuscripts in the British Library, Add. MS 37764, Add. MS 37765, Zweig MS 60 / Wolfgang Amadeus Mozart ; with an introduction by Alan Tyson. -- London : British Library, 1987.
67 ハイドン四重奏曲の献呈文には「6曲は長くつらい努力の結晶」であると書かれている。

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作者:野口 秀夫 Noguchi, Hideo
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