50万の絵


以前、原宿を歩いていたとき、画廊の前に一人の女性が呼び込みをしていた。

新宿で買い物を済ませ、千代田線に乗るために原宿まで歩いてきたのだが、たぶん、8時30分になっていたころだろうか。

絵を見るという趣味はないのだが、深く考えずにその画廊に入った。

そこはほとんどがシルクスクリーンと言われる版画がメインで、クリスチャン・リースラッセンなんかが、有名どころだろう。

そこは「マーク・なんとか」という画家を一押ししているらしい。
この画廊でしか日本では販売していないようだ。

その画家の絵は、素人目に見ても、いいもので、部屋に飾っておくとさぞかし、かっこいいものになるだろう。

がそれらの絵は100万近くもする絵だ。
当然、安給料のサラリーマンじゃ、衝動買いできる代物ではない。

が、どうもこの画廊。やたらとセールスがある。

「気に入った絵を一枚、選んでください。」

一枚を選ぶ。

「おー、あなたはセンスがある。」
「この絵を選べるということは、絵を持つ資格がある。」
というような文句をたくさん並べる。

ときに世間話を含めながら、その巧みなおしゃべりは続いていく。

最初は、絵は絶対、買わないと誓っていた私も、

かってもいいかなー。

なんてことまで思うようになりつつあった。

「絵は衝動買いでないと買わない。」

やたらとこの言葉を繰り返す。

そうするとあーこういうもんだなと思ってくる。

そして、気持ちがぐらぐらしているところに、

ローンの説明。月々6000円、36回払い。
そして、100万の絵を50万にするという。

ずーっと悩んでいると、いいかげん、彼女も疲れたのか、

「あなたって、優柔不断でしょ。女の子の前でもそうじゃない」

と、余計なことまで言い出す始末。

散々悩んで

買います。

という一言を一度は口に出したものの、

根性なしなので、撤回し、その画廊をでていく。

そのとき、時計は11時を指していた。

彼女が、出口のところまできて、

「これから、飲みに行かない?」

さすがに、断り、ぼーっとしながら、家路についた。

あやうく、50万のローンを組まされるところだったよ。

人のこころなんて、案外、簡単に動かせるのかもしれない。
ちょっと前にいわれていた、マインドコントロールといわれるものだって、可能なんだろうと思う。
心理学的に言ったって、人は、外部の影響を受けやすいものだ。

ぜったい、ひっかからないやい

なんて思っていたが・・・
その考えは改めないといけないらしい。


しかし、あの絵はよかった。もう一度、めぐり逢いたいものである。
でも、買わないけど。


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