電話ボックスを囲む顔


女子高生の遠藤佑香さんは、友達に電話をかける時は、いつも家の外の電話
ボックスを使っていました。家の電話はリビングに置いてあり、家族に聞かれ
たくない話は、そこではできなかったからです。
「ねえ、うちも親子電話にしようよ。せめてコードレスぐらいにはして」
と、たまに母親や父親につめよってみましたが、親に知られてまずいことを
電話で話す必要はない、と、まだ三十代の若い両親でしたが、聞き入れて
くれませんでした。
その夜も佑香さんは、親やうるさい弟に聞かれたくなかったので、外の電話
ボックスに電話をかけに行くことにしました。
電話ボックスは家から五十メートルほど離れた、深夜まで営業している
レンタルビデオ店の前にありました。県道沿いなので、車の騒音が少しうるさ
かったのですが、店のネオンなどで明るいせいもあって、いつもそこを利用
していました。
ところが、佑香さんがそこに着くと、すでに先客がいました。二十二、三歳の
ジャージ姿の男が電話を使っており、ボックス内にしゃがみ込んでタバコを
吸いながら話していました。
いつもなら佑香さんは、レンタルビデオ店で時間をつぶしたりしながら電話が
空くのを待つのですが、その男はテレホンカードをもう一枚用意していて、
しばらく出てきそうにありませんでした。
仕方なく他の電話ボックスへ行くことにしました。
もう一つの電話ボックスは、そこから一つ先の信号を左に曲がった、人通りの
少ない路地にありました。街灯も少なく薄暗い場所なので、今まで夜には
そこを使ったことはありませんでしたが、付近には他に公衆電話はなく、
そこを使うしかありませんでした。
暗い道が嫌いな佑香さんは、その電話ボックスまで走りました。
ボックスに入ると、外が暗いせいか、周りのガラスに映る自分の顔が、やけに
浮かび上がって見え、少し気味が悪くなりました。
佑香さんは早速テレホンカードを入れ、電話をかけて友人と話し始めました。
しばらくは話に夢中になり、大きな笑い声をあげたりしていましたが、友達の
キャッチフォンに電話が入り、話を中断した時でした。
急にシーンとした静けさに包まれ、手持ちぶたさになった佑香さんは、何気なく
電話機の上にある鏡を見ました。
すると、ドアの外で待っている女性の姿が見えました。
佑香さんはビクッとして、どうしてわざわざこんな場所の電話を待っているの
だろうと、チラッと後ろを見てみました。
ところが、ボックスの外には誰の姿もありませんでした。「あれ?おかしいな」
と思った佑香さんは、もう一度電話機の上の鏡を見ました。すると、やはり
女性の姿が映っていました。
上半身だけしか見えませんでしたが、ごく普通のOLといった感じの女性で、
白いブラウスの上に茶色っぽいカーディガンを羽織っており、顔は無表情でした。
ただボックスの中をじっと見ながら、ドアの外に立っていました。
「そんなはずは・・・」と、佑香さんは、再び振り返って外を見てみましたが、
辺りには誰もおらず、道を歩く人も一人もいませんでした。
佑香さんは、恐る恐るもう一度鏡の方に目をやりました。今度は少し違った
角度からだったので、その女性は肩しか見えませんでした。しかも、その右側に
もう一人の女の人が立っています。
ゆっくり角度を変えながら見てみると、それは痩せた中年の女性で、白髪の
目立つ髪を後ろで一つに束ね、ノーカラーのジャケットを着ており、首には
スカーフを巻いていました。その女性も、ただじっとこちらを見つめて立って
いるだけでした。
佑香さんは、何度も後ろを見て確かめてみましたが、やはり外には誰もいません
でした。
「いったい、何なの、これ・・・」
受話器を持つ手が震えだしました。
受話器の中から自分の名前を呼ぶ声が聞こえたので、手を上げようとしましたが、
思うように腕が動かず、両手で受話器を握って、口元に持っていきました。
その時でした。その二人の女性以外にも、鏡の中に人が立っていることに
気づいたのです。
顔を動かして鏡を横から見てみると、最初の女性の左側には、背広姿の中年
男性が立っており、さらにその横には、赤いチェックのシャツを着た背の高い
若い男も立っていました。
まだ他にいるのかと、反対側も見てみました。
すると、中年女性の向こう側には、眼鏡をかけた老人が、その横には制服姿の
女子中学生がいました。
どの顔も全くの無表情で、ただじっとこちらを見つめながら、その電話ボックス
の周りを囲んで立っていました。
佑香さんは恐怖で足までガクガクと震えだし、力が抜けてしゃがみ込んでしまい
そうになりましたが、とにかくこの場から逃げ出さなくてはと思い、受話器に
「あとでかけ直す!」と叫び、電話を切って、ドアをあけて全速力で駆けて
いきました。
それ以来、佑香さんはその電話ボックスを使っていません。


メニューに戻る