プログレ者たち

プログレッシヴ・ロック・ファン(=「プログレッシャー」)たちの該博にして不毛な知識と、
壮大にして偏頗(へんぱ)な想像力と、複雑にして単純な世界観。
まさに音楽界の 『先行者』 ことプログレ者たちの生態は、
プログレッシヴ・ロックそのものより面白い!


 
1 序論

 学生の頃、1枚しか聴いていないくせに、
「プログレの中じゃ、ELPが好きだな」
 などと不用意な発言をして、マニアたちの十字放火攻撃を浴びたことがある。

 彼らの攻撃は苛烈だった。私がそのときイエスも、ピンク・フロイドも、ジェネシスもなーんにも知らなかったことが、彼らの審判をさらに容赦ないものにしていた。

「お前のような素人が、『ELP』を『ELP』と呼ぶのは10年早い」
「そうだ、ちゃんと『エマーソン・レイク・アンド・パーマー』とフルネームで呼べ」
「いや、『展覧会』1枚じゃ、そのお名前を発音することも許さん」
「そうだ、黙ってろ」
「家に帰ってマライア・キャリーでも聴いてろ」
「いいか、winter、『ELP』と呼べるのは最低8枚聴いてからだな」
「全部聴いたら俺みたいに『キース』とか『グレッグ』って呼んでもいいんだぜ」


 なわばり根性である。



2 プログレファンの筋金入りなわばり根性

 確かに、どの世界にも、その種の根性はある。かく言う私も、高校生くらいのガキに、
「キングの新作はさあ」
 なんて言われるとムッとする。思わず、
「スティーヴン・キングの本何冊持ってんだよ」
 と取り調べを始めてしまったりもする。

 が、しかしそれにしてもプログレ界のなわばり根性は別格だ。これこそが、この世の中で最も徹底していて、強固で、理不尽で、牢固として抜きがたい、筋金入りのなわばり根性である、と私は思う。

「じゃあ、そのエマーソン・レイク・アンド・パーマーだったら、だいたいどの辺聴けばいいわけ?」

 と私は謙虚に尋ねた。恥を忍んで教えを乞うた。が、彼らは鼻で笑い、曲がった唇でこう言ったのだ。
「全部」
「そう、駄作も含めて全部聴くの」

「そう言わずに、3つか4ついいの教えてくれよ」
「ダメ。教えない。駄作やブートレグを山ほど聴き通して苦労しないと本当の力はつかないの」

 本当の力?
 ここでいう「力」とはいったい何なのだろう。「プログレの力」というようなものがこの世の中にはあって、私にはそれが欠けているとでもいうのだろうか。

「お前、基礎ないから中学生に戻ってイエスのロンリー・ハートからやり直しな」
「そう。ちゃんと手順踏んで、『太陽と戦慄』『狂気』聴いてから先に進みな」


 彼らの攻撃は執拗を極めた。
 彼らに言わせれば、私にはプログレ教養の絶対量が決定的に欠けているらしかった。そして、プログレCD/レコードの量的な乏しさは、質的な貧しさに他ならないのだった。
 確かにそうかもしれない。量のないところに本当の質は生まれない。今にして思えば、彼らの断罪は正しかった。

 この、量の問題はメインストリームのロック界では案外見落とされている。連中は量を制限することによって質が創造されるという、メロン栽培農家のオヤジみたいな哲学を持っている。そういえば、メインストリームのトップ40ヒットはメロンに似ていないこともない。手間ヒマかけて制作される割には、さしていい音楽があるわけでもなく、ただ一時の暇つぶしにしかならない。あんなものをいまだに有り難がっているのは、滅多に見舞い客の来ない呼吸器病棟の入院患者と、イントロ当てクイズに命を賭ける某音楽誌研究サークルの会員くらいのものだ。



3 プログレ者の生半可通いじめ

 プログレの話に戻る。彼らのCD量はすさまじいものだった。私は、自分の聴いた音楽の量を、
「そうだな、今月はこれくらいかな」
 と、両手を広げることによって表現する人たちをその時に初めて見た。年間量ということになると、彼らは単位として段ボール箱を持ち出さなくてはならなかった。

 どうやら、ここ(プログレマニアック空間)は、「有名どころの代表作を一枚ずつ聴いておく」という聴き方(私はどの分野でもそういう聴き方をしている)を決して許さない世界のようであった。ベスト盤などは言語道断である。私が、知っているプログレアーティストの名前を出す度に、彼らは敏感に反応し、知識の量と質を点検するために、私を質問攻めにした。彼らはすぐに意地になる。マニアの特徴だ。

 彼らの質問攻めに、私はやすやすと尻尾を出した。キング・クリムゾンのデビューアルバムのタイトルを『キング・クリムゾンの宮殿』だと思っていたのだ(正しくは『クリムゾン・キングの宮殿』)。これはプログレ界では割とポピュラーなミスらしい。私は当時(実は今でも)その『宮殿』を聴いたことがなかったが、たぶん、レコード屋でちらりと見かけたオビに書いてあったタイトルを、誤って記憶してしまったのだろう。

「なるほど、いや、こいつはうかつだった。さすがの俺もその『キング・クリムゾンの宮殿』って言うアルバムだけは聴いたことがない」
「オレもだ。いや、『宮殿』は確かに盲点だった」


 そうやって、彼らはたっぷり2時間、私をなぶりものにした。
 思うに、私のような「聴いたことのない音楽ジャンルにも満遍なく詳しいタイプ」、つまり「半可通」は、マニアにとっては最も許しがたい存在なのだろう。

 確かに、私は「アーティストとその代表作とその大雑把な内容」ぐらいのところまでは異常に詳しい。告白すれば、私はヒマな時に各種の「ロック名盤コレクション」みたいな本をパラパラめくっていることが多い。もちろん、マーキーから出ている「イタリアン・ロック集成」もちゃんと持っていて、プログレなんてまるで聴いてない(たぶん生涯通算で10枚くらい)くせに、ちょっとしたマニアの会話ならついていく自信は十分にある。

 それどころか私は囲碁そろばん、ピアノにゴルフ、サーフィンにヨットなどなど、各種の「入門マニア」である。本棚には数10冊の入門書を並べ、株でも、流通でも、経済でもマスターしたものは1つもない代わりに、ルールや技術理論、用語くらいには精通している。
 しかも私は、自分の周りに各種のマニア(私が所属していた某ビルボード研究会はあらゆる種類のマニアの巣窟なのだ)を集めている。そして彼らの該博な知識のおいしいところだけをたいして努力もせずに頂戴していたりする。



4 各種マニアの梁山泊〜プログレッシヴ・ワールド

 そういうイヤな野郎である私にとっては、ここでちょっとしたロック論を展開するようなことは十分に可能だ。例えば、「オルタナティブ・ロック」なんかについても、聴いたことはないくせに、何となく自分では詳しいような気がしていたりするから、相手が素人だったら、きっとひとくさり意見を開陳してしまう私ではある。

 が、ことプログレ界に限っては、私は素人の態度を崩さない。ここでは、私は決して生意気を言わず、いつもご意見を拝聴する側に回って、余計なトラブルを未然に防ぐようにしている。
 なぜならプログレ界は、各種マニアの梁山泊だからだ。しかもここでは100人の人間がいると、100個の音楽観があって、彼らは互いに
「中南米のプログレッシヴ・ロックについて、オレの前で偉そうなことを言うのは許さん」だの、「チェコ以南の東ヨーロッパのプログレをスラブのプログレと混同している馬鹿と口をきくつもりはない」だのと言い合っている。
 私は、こんな百家争鳴のアリ地獄みたいなところにのこのこ出ていって、「ピンク・フロイドとかわりと好きです」だなんて、とてもじゃないけど言えない。

 そうなのだ。私はフロイドでもいじめられたことがある。「フロイド」と、私がその名前を出すが早いか、マニアは
「フロイドの関連事項としてアルバム・チャートイン最長記録とか、ヒプノシスとか言うなよな」とクギを刺し、私に二の句を継がせなかった。彼らは「素人の言いそうなこと」に精通している。

 私が不思議に思うのは、彼らがプログレ内部の境界線の引き方については異常なほど厳格なくせに、プログレと非プログレとの境界については実にだらしがないということだ。
 彼らは、気に入った音楽はなんでもプログレに混ぜてしまう。
「ラッシュはプログレだよ。絶対」
 まあいいだろう。これぐらいは勘弁してやってもいい。しかし連中に言わせると、サンタナや初期シカゴ、さらにはナイン・インチ・ネイルズやアート・オブ・ノイズみたいなものまでプログレの中に取り込んでしまうのだ。

 しかも彼らは一般的に「プログレ」と呼ばれているものでも、気に入らなければ「あんなものはプログレじゃない」と決めつける。

「おい、ジェネシスがプログレだなんて、お前はいったいどういう教育を受けてきたんだ? えっ?」
「フロイドなんてのは、スーパーのお買いものBGMでも演奏してりゃいいんだ」
「トップ40ファンは、長けりゃプログレだと思ってやがる」


 ぬかしやがれだ。するってえと、キミたちは「いいもの」が「プログレ」で、「ダメなもの」は「プログレじゃない」という風にして、あらゆるものを分類していることになる。こういう態度を昔の人は『我田引水』と表現しているわけなのだが、たぶんキミのところの田んぼは、水浸しだよ。

 …とか何とか言っているが、私はプログレファンの人々を嫌っているわけではない。彼らの該博にして不毛な知識と、壮大にして偏頗な想像力と、複雑にして単純な世界観と、難解にして機略に富んだ、愚かなある種の昆虫のような人格が、私は好きなのだ。それはプログレそのものよりはるかに面白い、といったら諸君は怒るんだろうなぁ…  (完)



 数年前に書いたものを元に若干手直ししました。元ネタがありまして、別冊宝島79『世紀末キッズのためのSFワンダーランド』の中にある文章をパロディにしたものですが、基本的に全てフィクションです。私自身や某大学ビルボード研究会に関する描写、さらにはプログレッシヴ・ロックファンの皆様(私自身のことです(笑))への批判まで、すべて冗談でございます。お気を悪くなさいませんよう…


(April, 2001)

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